福島民報連載「民報サロン」②

小さな小さな世界平和

先日、インド女性が3人、我が家にホームステイしました。私は相手が言っている事がなんとなく分かる程度の英語力。せっかくインド人から直接インドの話しを聞けるチャンスなのにコミュニケーションがとれないなんて残念無念。
震災後、北欧の方々の福島取材コーディネートとアッシー君をした時も同じ思いをしました。あの時『私、絶対に英語を話せるようになろう』と心に誓った5年前の、あの熱き思いは、一体全体どこへ飛んでいったのやら。
それにしても彼女たちの日本文化に対する興味や関心はスゴイですね。着物を羽織らせてあげたらとても喜んで脱がない。
インドの大学生
茶道にも大変興味があったようで、お茶を点ててあげたかったのですが、抹茶を切らしていました。いわき市生涯学習プラザには本格的な茶室があります。せめて茶室だけでも見学させてあげようと、プラザに問合せましたら「ぜひどうぞ」という温かいお返事。日本文化のプチ教養をと、伝承郷、着物ショップ、日本人形店、そして茶室見学を計画しました。が、ここでぶち当たる習慣の違い。そして、迷惑御用達人の出現。出発時間になっても1人だけ寝ている。買い物に連れて行くといつの間にかいない。人を待たせるのは平気なんだけど、自分は待つのが嫌い。お陰でたてたプランは全滅状態!こんな時、いつも思うのが「お試しされてるなぁ~」ということです。
腹を立てず、いかに適確に行動し、最小限の被害に食い止める事が出来るか。どう伝えたら、こちらの思いが届き、満足いく状況を作れるかという、まるで精神修行の様なお試しです。言葉が通じれば本領も発揮出来るのですが、なにせ語学力が乏しい。というか無いに等しい。
「あの時から英語を学んでいタラなぁ~。やってレバーこんな事にならなかったのになぁ~」。禁句と誓った「タラとレバー」がつい口から出てきます。
彼女たちはインドの大学生。経済的にもかなり恵まれた環境で育った人たちでしょう。教養もあり、言葉は通じなくとも意思疎通も出来ます。そんな彼女たちと一緒に行動して多くを学びました。
日本は豊かな国ゆえ物価が高い。いろいろ欲しい物はあった様ですが値段を聞いて諦めていました。おみやげは百均。
今、世界の人口は63億。もしそれを100人の村に縮めるとどうなるかという「もしも世界が100人の村ならば」の本の中に、100人のうちの7人が世界の富の59%を所有し、80人の人が標準以下の暮らしをしていると記されています。今の日本国民は、標準以上の豊かな暮らしの20人の中に入る生活レベルです。戦いの危険や投獄される孤独、飢えの悲痛を一度も経験していないのなら、世界の5億人の人より恵まれているとも記されています。
一部の人の富の集中所有を手放し、世界の人が、みんな笑顏で暮らせる標準の生活をシェアしたら戦争なんて起こらないだろうに。今の地球人が抱える貧富の差って、どこかおかしいなぁ……。
台風のように現れ、そして去っていった彼女たち。高尚な会話はできませんでしたが、他愛ないことで笑い、習慣の違いを含め異文化交流を徹底的に楽しみハッピーな共通の想い出を創りました。
インドの大学生
きっとこれも小さな小さな一つの世界平和運動ですね。
(いわき市中央台 元気の素カンパニー以和貴理事長)